魂をアートする

北海道生まれ福岡在住の志起です!書のこと、音のこと、魂のこと、宇宙のこと。

KIN260〜KIN1【昨日までと今日、そしてこれから】

数日前に奥さん(アニマルコミュニケーター月子)が見つけた物件に、問い合わせ、お店に行き、申込契約締結まで、を句点の数だけの日数使い完了させたのが昨日。

退職日が決まり、次の仕事の稼働日が決まったのは今日のこと。

安藤家は今、新しい流れの中に向かうようです。


(その前に自分を労わらにゃ)

家に関しては月子。
担当はキミだ!と身も心もボロボロな9月頃、任命式はなかったけどそう伝えた。

結果、引っ越し先は昨日決まった。
KIN260。今の家からは離れることが決まった。

実際に見つけ、自分で申込書まで持ち帰り、僕が記入し、ったっかり僕にはどうでもいい物件を悩みの選択肢として用意して、コンビニの車の中で「申込んだ方がいい気がする」と言いながら、僕にはどうでもいい物件と二択でにらめっこし、決意し、お店に行った。

まさかの驚きの当日契約書捺印までした。(僕も仲介業だが、法人相手だったのでそんな速さで動けはしない)

そして今日から遡ること数日前、僕は退職の旨を会社に伝えていた。


ーーー


タイトルにはKINという表記で、さもマヤの時の流れに乗っているかのように見せかけているが、実は全く違う。

僕は現職についてから、そういったことからは全く離れていたし、奥さんのなまはげがどうとかも、冷ややかな目付きで見守っていたし(⇦関係ない)、そもそも本来なら昨日は平日で僕は出勤で、不動産屋になんて行けなかったんだけど、休んじゃって、初めて精神科の病院行って、ご飯食べて、その後だったかいつだったか

【KIN260】

であることを知ったのだ。



月子はとても躊躇していた。
僕は最終決断を月子に委ねていた。

「キミが決めるんだ」

やれ頭痛だ、お腹痛いだ、吐き気だ、色々言ってたコンビニの駐車場。僕は多分6割の時間は寝ていたんだけど、奥さんは(何故か)悩みに悩んでいた。

きっと、月子には本当に大きな事なのだろう。
北海道から福岡に移り住むのに、何の躊躇もなかった僕にはさっぱりわからなかったのだが、なんだか大きな事なんだと言うことは、月子の語るなまはげの素晴らしさよりは伝わってきた。(僕はあんまり興味なくててへぺろっ)

かくして決断した月子はお店へ。
あとは人形のように横に座りながら、僕が手続きするのを見ていた。

僕は法人の不動産仲介【だった】ので、住居の契約が新鮮だった。
きっと月子はその間も、内側がぐるぐるしながら、あれこれ考え硬くなっていたんだろう。
僕はぐでたま飴コーラ味のことはよく覚えているが、となりの月子の顔はちょっと覚えていない。(⇦決断の後の仕事は僕の担当だからあんまり見てなかった。)

なんにせよ、現在の住まいを離れることが決まった日が昨日【KIN260】だった訳だ。


(その帰りの実家のかわいこちゃん)

そして今日。
僕は会社の退職意向を形にした。

普通に出勤するつもりだった。
でも出来なかった。
午前中休んで、午後から出勤予定にした。
でも、そのままは働けなかった。事前に話をしたい旨を上席に伝えた。

結果、退職が決まった。
実質有給消化ですでに辞めたも同然。

何故なら退職日は10/30付だからだ。


。。。


退職は、すんなりだったのかなんなのか。

僕は、僕を面接し雇ってくれた常務(支店長)に非常に気に入っていただいていた。

【新しい風となってほしい】

僕はそんな期待を受けて入社した。
ほんの、半年前の事だ。



不動産の仕事は大変だった。
当たって砕けろ精神で学んでいくには、少々問題があり過ぎた。

今だから言えるが教育体制にも問題ありなのだが、僕は9月中、本当にヤバい精神状態だった。語彙が足りなくて伝わらないだろうが、本当に本当にヤバかったんだから!

精神疲労は、回復に時間を要する。
僕はカレンダー通りの日程で勤務していたが毎週日曜の夜は心が怯えていた。荒れて、眠れず、寝ても浅くすぐ目覚め、起きては眠れず、不安定なまま朝出勤し、失敗し、また次の週を迎える悪循環のサイクル。

そんな日々に、明るい未来が見えなかった。

【退職の相談】をしたのは火曜日の事だったか。

相談という名目で、実質は退職したい旨。理由は色々だが、一つ言うなら「僕の直属の上司の元で過去6年間、誰一人育った新人はいない」という現実があった。(⇦入社当時、全社で一番気をつけるべき人間だよと、社歴の一番短い先輩は教えてくれた)

そうして僕も今ではその理由もわかり、心身はもう火を灯すことなくなっていた。
僕は話すことを決意した。

相談後。
上席は言った。
「お前がそう言おうと言わまいと、支店の状況を変えようと思っていた」と。だからキッカケにされてると思って欲しくないが、チャンスが欲しい、と。

まず前提として、僕は引き止められた。

何故なら、営業成績は全然良い方だったし、問題はありつつも売上は着実に作れ、何より「コイツは何かやる」という可能性を感じてくれていたからだ。

そして、僕が直属の上司の下で、全く能力を出しきれていないことも気付いていた。

そして
「気付いていながら、何もしてこなかった私の責任だ」
と言ってくれた。

引き止めていただいたことも嬉しかったし、それは他の方も同じように言ってくれた。(前に辞めた方は、引き止めなどは何もなかったらしい)

それは、本当にありがたいことだと思うし、僕がお話ししていた支店長は、仲介業の中では県外でも有名な方だ。

そんな方に、目をかけていただき、引き止めていただき、チャンスが欲しいとまで言っていただけたことは本当に嬉しかった。



しかし結果、僕は10/30付で退職する。

ダメなのだ。
ダメだったのだ。
一度消えた灯火は、心の涙に濡れたのかなんなのか。

火をつけようにも、できなかった。
意欲も、熱も、もう一度取り戻すことはできなかった。
こう書くと長い間頑張ってみました、と思われるかもしれないが僕は入社して半年で辞める。

だが【入社して半年で、ここまでの精神状態になって退職を決意せざるを得ない】ことを、言い訳でもなく僕は伝えたかった。

僕だって、続けられるなら、続けたかった。

前の会社の退職とは違う。
今言うなら、適当過ぎるガサツな環境に嫌気がさして飛び出した、という表現で充分だ。

今回は、僕は仕事はしっかりとやった。
結果も、不出来とはまず言われないような状況だろう。

しかし、毎週日曜の夜が近づくと心は沈み、苛立ち、時間が経つほどに荒れていき、眠らなければならないのに、眠れば明日が来ることを恐怖し、何がどうなってそうなっているのか、明確な言葉で説明するのもわからない精神状態で過ごした2ヶ月。

自己責任の分もある。
軽んじてしまっていた点もある。

だが、しかし

今、冷静に客観的に状況を振り返るなら

やはり問題はあるのだ。
直属の上司ならず、少数精鋭の支店ならではの。

今なら、あーすればこーすればと、僕のような状態にならない教育体制も示唆出来るが、もう時すでに遅しだ。

日々、朝が辛い。
仲間はいた。
分かち合ってもくれた。
けれど、それは業務外での話だった。
僕の精神には、業務中のあらゆるものが、もう耐えることができなかった。

ーーー


家を決めるのと変わらない速さで僕は、今週月曜に次の仕事を見つけていた。

即日でも可。
1ヶ月後でも可。
是非力を貸して欲しい、と。

前職の経験がそのまま有益なので、半年退職がどうとかは微塵も気にされなかった。

今回、転職に関して動いたのはその1社だけだ。
条件も悪くない。内容も、そもそもある程度知ってる。
スキルなら法人営業でレベルは上がってるしブランクも1年程度。

僕は仕事はある意味で諦めた。

自分自身を発揮することを、勤める中で、表現することを。

そんな新しい流れが生まれた今日は【KIN1】だ。

ーーー

【勤める】
とは難しいものだ。

仕事とは?
人生とは?
大切なものは?
価値あるものとは?

人それぞれに答えが違う問いを、多くの社会は、会社は、画一的な答えを求めがちで、足並みを揃えて欲しがる。

誰が言わずとも、空気がそうさせる。(日本人には、その表現で充分だろう)

僕は、出来なかった。
入社から今日まで、ちゃんとした法人営業をする会社では何と浮いた存在だったことか。

30歳でそれで、恥ずかしくないのか。

「はい、申し訳ございません」
(と、言いながらは恥ずかしいとまでは思わなかったが)

そんなやり取りも数多くしてきた。

僕は、いわゆる非常識路線で20代を生きてきた。

支店長は逆に、そんな画一的でない僕の経歴や所作に、なにかを見出してくださっていたこと、本当に有り難く思う。

仕事は、出来ていた。
直属の上司からは怒られる一方だが、他の方からは「歴の割にかなり出来ている方だ」と言われていた。(同世代同期がいないから、比較のしようもなかったが)

だが【勤めること】は出来なかった。

退職に伴う支店長との話の中で「自由にやっていい、なんでもいい、なんなら在宅でも、経営企画でも、どんな形でもいい」と。

そう言われると、アイディアだけならいくらでも、潤沢に出せた。それについて話したりもした。なら是非やって欲しい、とも。




だが、、、


熱意のない僕が、心に何も灯すことのできない僕が【社名を背負い新しい何かをする】ことが

出来るわけがなかった。

会社に貢献したい。
頑張りたい。
もっとやれるのに!

と憤慨し、殻を破り生まれ出でる雛鳥のような生命力が、僕を動かしていた時にそんな話が出来たならと、、、


そう思うと

悔しいなぁ。
本当に悔しいな。

出来るんだよ。
僕には出来た。

全社にはいなかった。
職務を全う出来る人間はいても、職を生み出す人間は。

僕が話す新しいアイディアは、支店長を裏切るものではなかったけれど、僕にはもう【社名を背負い職を生み全うする覚悟】はできなかった。

かと言って、それが出来るまで、今の環境で頑張ることも

出来なかった。


(知ってる?スライムライフ。1巻だけでいいから読んでね)

言い訳かな。

僕は【まだ、出来なくていい】

自分らしい仕事、自分らしい生き方は。

今って多分、奥さん(アニマルコミュニケーター月子)の時間だから。

僕はね、最低限のATM(言葉遊びだよ!)で、家庭に持ち込む必要のない程度のストレスの中で働いて、奥さんをサポートする時間を作れる自分、を今は優先して作りたい。

昨日、久しぶりに月子の身体に触った。マッサージ的なね。

ガチガチだったな。
聞けば、知らんとこで【自己投資】してやがりますですしw

でも、そうやって頑張って結果を出し始めてる。

だから今は、これでいいんだ。
僕は今、昨日より心が軽くなっている。

悲しく
寂しく
これ程惜しまれて辞める会社も、そう無いかもしれない。

でもいいのだ。
今、自分の人生で何が大事か、その見極めだけは間違えちゃいけない。

その結果の退職だから。
これでいいのだ。

そんな【KIN1】新しいサイクルの最初の日。



志起