魂をアートする

北海道生まれ福岡在住の志起です!書のこと、音のこと、魂のこと、宇宙のこと。

正解と不正解の狭間で生きる私達。

今年2本目のブログ、という筆不精振り。

今、私は不動産業界で生きております。超、社会人。初のカレンダー通り勤務ね。ふふ。



昨日は久し振りに、宇宙工学博士でありダークマターの研究者であるー十永光博士にお会いしてきた訳で、今って時期は僕的に色々あるものだから、ちょっとブログを書こうと思い立った訳です。

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社会人。
社会人って、なんだろな。

このブログや、僕自身を知っている方は、もしかしたら僕がキチッと社会人やっちゃってること。

  • 想像がつかない
  • 違和感しかない

なんて感じるやもしれませんな。



ちなみに会社では、変な形で目立つけど、基本影が薄めな存在感です!

ふふ。
自意識過剰かもわからないけど、影が薄めの成分で会社に組み込まれてる自分が自分で違和感なくもない。

それなりに、影響力はある人間だと思って生きてきたから。
あっ、自分を出さず、学ぶことに徹していることは要因の大きなとこではあるんだろうけど。


そんな生活も早、3ヶ月弱が過ぎ去ろうとしている。入社は5月だったからね。早いもんだ。


社会と社会人


ルール。
があると

正解と不正解。
が生まれて

明確に正解を出す。
ことが最低条件となり

時には不正解を上手に扱う。
ことで賢い生き方となる

そんな世の中は〜ポイズン〜♪



、、、


(やべっ)


ルールって、面白いよね。

最近、実写映画化の話で話題にもなったキングダムから引用すると

法とは、願いである。国が民にこうあって欲しいと願う姿が、法である。


今は明確に、正解不正解を学ばなければやっていけない仕事に就いている僕は、人から理解されることはそうないだろうレベルでルールからの逸脱を何とも思わない性質なもんだから、本当に大変な部分もある。


そんな僕が、何のためにか今の会社で、学びたい姿があって目指したい姿が明確にあるから、今までしたことのない型にハマる=基本に忠実な生き方をしている。

ぼんやりとはね、その意図の先を見てはいるけどね。きっと3-5年くらい先に見えてくる。

自分としてはかなーり良い会社に入れていただけたなって思えているし、尽くしたいなって思えてる環境だから、多分なんとか頑張れる。



けどね、昨日ね、博士に会ってねマヤとかエネルギーの話とか色々色々、久しぶりに聞くとね

そうした話の、なんと染み渡ることの容易いこと。理解の容易なこと。

比較して、不動産系の知識や実務の知識やら、他者と比較すると取得の早い方らしいけど自分史上、覚えが悪いなもんで、落ち込む落ち込む使えない人間だと何度思うたことか。

これがもし1-2年経ってもそう感じるなら、それは本当に、性質の問題なんだろう。


ーーー


人は悩む。
悩むのは、違和感があるからだ。

悩む時はきっといつも自分がズレている時だ。

私達は、あらゆるルールに囲まれ生きている。けれども、どんなルールだって、どこかの一部の範囲内での、限定的で便宜的なものに過ぎないのだ。

どんなルールも、正解と不正解を分けるが、無二の正しさはどんなルールにもありはしない。

ルールを知っている方が、多方面で生きやすいとというだけで、自分自身が、己の人生を謳歌できるか否かには関係がない。

今は、エネルギッシュな時間の中に、全くエネルギーが入らない空白時間が生まれる。
きっとそこには無理があるからだ。

けれども、それも含めて、人生は紡がれ繋がっていく。

その時が来たらきっと分かる時が来る。


人生は、そんな未知の為の今の繰り返しなんだ。

目指す姿

僕には幾人か、心に滞在する師がいる。

博士も、もちろんその1人だ。
点描画の秋山さん、ジャンベの茂呂さん、真笛の山口さん。

行いや、表現の技術的な部分のことを指してはいない。

在り方?
心?
立ち居振る舞い?

もっと包括的に言えば存在の中に師を感じるのだ。

私にとって灯台の光のような、先を示す何かが、その存在の中に包括されている

言葉にすると、そんな感じ。

誰かになりたい訳じゃない。
けれど、自分はきっと、この名を挙げた皆様のどこかしらに通づるものが未来に待っているんだろうと思う。

社会の中で、社会人として生きながら、揺らがないのはそんな自分ルール。

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表現活動は休みながらも(リアルに余力がない)ブログはちょー不定期で続けていこっかな。←閉鎖しようと思っていた

今は大事な時期だなと思う反面、押し殺している部分は勿体ないものがあるなとも思っているけれど

まあまだ30歳。

多分僕の良さは歳を重ねるごとににじみ出てくるものと信じて行くしかないね!




志起
30歳、最初のブログ