魂をアートする

北海道生まれ福岡在住の志起です!書のこと、音のこと、魂のこと、宇宙のこと。

消去法。好きも嫌いも苦手もそれもこれも。

僕は行動派に見えて慎重派である。

好きなこと興味があることに向かうのは早い方かもしれない、または早かったかもしれないが、最近の動き方は例えるなら消去法的だと思う。



社会の中には、人の数だけ生き方がある。その中には、個人的に羨ましい対象であったり、逆にちょっと避けたいなと思う対象であったりがある。

僕はその

  1. 好きも
  2. 嫌いも
  3. 単なる興味も
  4. 苦手意識も含め
  5. 何らかの意識を持った対象は経験せずにいられない

のだと思う。



好きは簡単。
向かえばいいだけ。
抵抗も少なく、負荷も少ない。

嫌いや、苦手意識が難しい。
嫌いは、そもそも向かうことにエネルギーがいるし、その中でもやってみると意外と!?みたいなのもあるからどうにも。

過去には絶対嫌だと思っていた彫刻作業に時間を使ってみて、意外と細かな作業が楽しんで出来るんだなと視点が変わったのを覚えている。

彫刻は、当時の僕にとって嫌いなものリストに向かう選択だったし、やってみて良かったことだ。

苦手意識は、個人的に一番嫌なパターンだ。苦手意識の中には、自分の中の隠れた財産がある場合が多い気がするが、いかんせん苦手を乗り越えるまでが辛いと思う。特に、僕はその意識の時には極端にパフォーマンスが制限するのを実感するから、ホンマちゅらいやで( ゚д゚)



でも、嫌いには意外な発見があるし、苦手には道が拓けるパターンが多々ある気がする。

特に最近では、好きはそれなりに試してきたと思うので、嫌いや苦手の中に自分の突破口があると思う。



好きに向かう為に、純粋に向かう為に、それ以外の感情で心に留まっているものも全て、経験し実感し、自分の中に残り続けるものを、大事にしていくのです。

だから、消去法。



(幸せさぎにゃん)


よく「好きなことだけ、ワクワクすることだけ」が推奨されがちだが、そこにはいつも伴う苦難があると思う。

なにかを始めるのは、好きやワクワクでいい。

でも、それを続けていくには続けていく中で生まれる苦しみや葛藤、その他の様々な状況や感情を受け入れることが必要なんだろう。

ある程度までは、ある程度までできるのだ。

大事なことは自分がどこまで深め極めたいかを見定めることだと思う。




そしてそれは

“どんな想いの中に生まれているのか”

を見つめ続けることが、純粋さを失わずに歩んでいける秘訣だと感じる。




僕は今、何かをする前のなぜ、それをしたいのか?を感じ続ける日々を送っていると思う。

以前はずっとそれをしなければ!!で無視し続けてきた、奥深くの本当の感情たちのあれこれ。




(こしゅとるーるー。仲良すぎ。)

キャットタワーの一番上の1匹しか乗れないスペースに2匹寝てるという、ヤバかわゆすな写真。

こういうのを見るときの奥さんは、ガチの変態です。所作が笑


(変態でリンクってどうよ)



猫たちはいつも素直。

うちの猫たちは、本当に。

以前に暮らしていた子とは、全然性質が違う。




多分、僕や、一緒に住んでいた家族の誰もが素直でなかったから、猫も素直じゃなかったのだろうと思う。

動物はとりわけ、表面的な言動ではなく、僕らの感情の機微に反応し続けます。

だから、飼い主の心が変わると、相対する動物たちの心も態度を変える。



この子達から、僕自身を伝えてもらっている毎日です。




奥さんや、この子達との生活の中で、実感していく想いが、今は1番のものだと思う。

毎日作るご飯を美味しいと言ってくれるのが嬉しい日々です(°▽°)




書奏家 志起
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