魂をアートする

北海道生まれ福岡在住の志起です!書のこと、音のこと、魂のこと、宇宙のこと。

求めることを辞めるのではない。自然と求めなくなる時にこそ穏やかさは宿るのだと思う。

平日この時間はバスの車内である。高速バス。

片道2時間かけて学びに行こうと思えているのだから、多分僕にとってはすごく意味のあることなんだと思う。何故なら僕はいつも"通勤時間にかける時間ほど無駄なものはない"と思っていたし、今も特に取り下げたつもりもなかったりする。長時間を、疲れと退屈のエネルギーにまみれた中で過ごすことは、それだけで疲れたりするのだ。



そんな僕が、その時間をかけてでも行こうと思い、実際に行き続けているのだから、きっとすごく意味のあることなんだと思う。

頭で考えれば、もっと楽しそうなことは他にもあったりするし、でも人生はおおよそ、頭の中の計算では成り立たなかった予期せぬ出来事に心を打たれ導かれている気がするから、計算式が成り立たないことは何の問題もないばかりか、むしろ多少は「なぜ、学びに行くのだろう?」と未だに言葉に出来ぬ未知的な要素の中に生きる方が、多分きっとなんか良い方向に進む気がする。


学生生活は始まったと言っても最初の1ヶ月は、本科目の学びはまだで、ちょっとトライアル的なあれこれがふんだんにある。そんな中で、仲間とワイワイやるのが楽しかったりする。ほら、僕は中学で学校生活終わってるじゃないですか?⬅︎知らんがな


最近、朝日がちょうど良い感じの時間に家を出る。秋が深まるほどに、日の出は遅くなってしまうから、今だからこその楽しみだろう。

朝日を観る生活なんていつぶりだろうか。僕は肉体のリズムに敏感だから、こんな健康的な生活がきっと嬉しい。

感じ始めている心の変化の1つに大きな刺激を求めなくなってきたということが挙げられると思う。僕はこれまで、常に何か大きな革新的な出来事による刺激を求めてきたし、その新しい何かの中にこそ未だ見ぬ本来の自分なんてものがいるものと思っていた。頑なに思っていた。

しかし最近は、こうした一定のリズムの中に生きている時間の中や、単調なリズムをジャンベで叩く一音一音の中にとても自分自身を感じるようになってきた。

  • 外に求めなくなったから

なのか

  • 内に意識を向けているから

なのか

それはどちらが先は無く、きっと同じ話なのだろう。

兎にも角にも、毎日穏やかに過ごしている今がとても楽しい。

眠い朝にバスに揺られ、学校では仲間たちと勉強し遊び、帰って奥さんと話し、猫と戯れ、芸事を嗜み、ご飯を食べて、寝る。

以前の僕なら"これだけしかない"と嘆いていたろう。
今の僕はこう書き出すだけで"こんなにもあるのか!"と嬉しくなる。


(我が家の伝家のアホウ刀のふた振り)


多くを求めない。

のではなくて

多くを求めなくてよくなった心に宿る穏やかさが、日々嬉しい。





そんな心境が続く中

9/18~9/19
福岡にいばや通信の坂爪圭吾さんがいらっしゃいます。
18日は僕が対談させていただく形式で坂爪さんのお話を聴くことができます!

急な開催決定の為であることと、開催場所がアットホームな為、とても距離感の近い中でのイベントになると思います。タイミングがある方は是非、いらしてください。

少しの緊張感と
何が起こるかわからない未知への好奇心と
すでに楽しんでいる心模様で

お待ちしています♫





書奏家 志起
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