魂をアートする

北海道生まれ福岡在住の志起です!書のこと、音のこと、魂のこと、宇宙のこと。

不食の話から自分の想いに気付く。

最近は

「太陽光のみで生きている人」

「呼吸法でエネルギーを取り込み生きるブレザリアンなる人」

の記事を、Facebookで流れることがある。





僕は、そういうのを見る度に内心「羨ましい」と思うのだけど。

先程、福岡は堤食堂で食事中、不意にその話題を僕が話し出したのだけど、そこから自分が思っていることがつらつら出てきた。

「たまにね、そういう不食の人の記事を見るやん?
で、そういう時って、すごいねって人と、私はせっかく肉体を持って生まれてきたのだから食べることを楽しみたい、って論を展開する人にわかれる。(僕はいつもはすごいねで終わってた人)

で、最近になってこんな風に思うようになった。


僕は昔、3日くらいなら余裕で、5日や7日断食は全然やってたけど、その時は本当に頭が冴えわたっていて。

でも一つだけ難点があって、それが”物理的な肉体の回復が遅い”こと。
例えば、階段とか結構辛くて、体力の回復も遅いんだ。

で、例えばブレザリアンの人を例に出して、

ー人は食べずとも、エネルギーを供給して生きていくことが出来るー

とするなら、つまり僕の身体にはラグが発生していたわけだ。
ラグとは何かというと、精神的にも軽く脳もフル回転できたのに身体は動かない、つまり

ー物理的な3次元の肉体への指揮命令が上手く行われておらず、エネルギー供給がうまくいかなかったー

ということだと思うんだ。
生まれてこのかた”食べないと死ぬ”って教わり学んできたんだから、それは何の不思議もないんだけど。

で、ということはつまりだ

太陽光で生きる人や、ブレザリアンの人は
物理的な肉体レベルにも、意図の指揮命令を円滑に行えている”最高に葛藤のない状態”であるということが言える。
(葛藤が多いほど、想ったことが現実化しない)

で、僕はいつかは不食になってみたいと思う派だし、ワクワクするから多分出来るんだけど

地球上の人間のほとんどが、不食という状態を経験してないじゃない?食べなきゃいけないという”肉体という制限を持ちながら不食を達成する”って、ただの断食だけでも心身がスッキリするのに、いったいその先にはどんな自分が待っているんだろうと考えると、それがどれ程すごいことであるかが感じられると同時に、誰もが成し得ないクリエィティヴィティを、平たくいえばちょー面白い人生を歩めそうでならない。

睡眠欲は、まあ寝たほうが心身のためだからよしっ
性欲は、気付けばちょーご無沙汰!な人もいるくらいだから難しくない
食欲は?っていうと、これを完全に手放し解放された人ってほぼいないよね?

その域に到達した時のことを思うと、ちょー楽しいんですけど笑」


と、僕はいずれ不食に挑戦していくだろう
そして多分、環境が整って(自然にいつでも触れ合える)キッカケがあれば、おそらく僕はなれるだろうという確信があるんだけど

で、その話がちょーワクワクしてるってことを




堤食堂で大盛りご飯を食べながら

話していた先刻のことであったとさ。笑



光合成で生きていきたいぜ)



あっ

ブログ開設キャンペーン記事書かなきゃ笑






書奏家 志起