魂をアートする

北海道生まれ福岡在住の志起です!書のこと、音のこと、魂のこと、宇宙のこと。

感動を創りたい。

タリーズなうなう


僕の原動力はいつだって一つだ。

【魂が震えるほどの感動】

それがいつも「何かを始める理由」になってきたし、それがいつも「何かを行う理由」にもなっている。
僕らはやりたくもない仕事の中で、やらなければならないだけの仕事の中で、感動体験と出会うことは稀だ。僕は今の仕事は勤続3年だが、純粋に感動体験と言える仕事が出来たのは、3年の中でたった1組のお客様だけだ。まあ、その仕事も今月半ばで退職なんですけどね。





感動に出会えない理由はシンプルだ。

それは「自分がやりたいことをやっていない」からの一言に尽きる。



【やりたいことをやる】

ということをやっている人間とやっていない人間とでは、その仕事に持ち込めるエネルギー量が圧倒的に違う。

やりたくない人間のエネルギーの限界量は、朝から働けば昼飯前くらいには迎えてしまうが
やりたいことをやっている人間のエネルギーの限界量は、必要であれば昼飯どころか食わず寝ずでやれてしまう無尽蔵さがある

僕らはエネルギーを「食物から取り込むもの」と思っているが
僕らの活動の全ては「太陽エネルギーに繋がれているかどうか」だ

太陽エネルギーはつまり
宇宙エネルギーで、それはつまり
宇宙の意志の名の下だ。



やりたくない仕事は、社会の仕組み上、お金を稼がねばならないからやらざるを得ないだけであるが
やりたい仕事は自分の意思=宇宙の意志に基づく為、お金よりまず先にエネルギーが供給され続ける=宇宙が応援する。

一見、やりたくない仕事は目に見えてお金に直結するかに感じられるが、その中身=エネルギーはすっかすかなので、稼いだつもりで結局「あれ?もうお金なくね?」的な素敵な未来が待っている。

そして

一見、やりたい仕事は基本、お金に繋がるかわからない。だって、やりたいだけだから。笑
けれどもそれは、膨大なエネルギーがそこに注ぎ込まれる。人はエネルギッシュな磁場をパワースポットと呼ぶが、やりたい仕事をやっている人間の手掛けたものがそれだ。その仕事の先には多くの人との出会いがある。



そしてお金とは、ある日の種に花が咲くように自然に芽生えるものではなく

「お金とは、人が、人へと渡していくものだ」

渡す理由は、信頼であり、感動であり、期待であり、投資だ。




僕は、マヤを伝えてくださっている北海道のー+博士の言葉でいつも胸に残っているものがある。
ー+博士はマヤの叡智を用いて魂の生きる意味を紐解いていくセッションを行なっているが、そのセッションを「自分では絶対に営業しない」というスタンスで行い続けている。

一番最初に有料でセッションを行なった時、セッション予定の人数が一人だった現実。

そして、その後の一年間で500人以上の方のセッションへと繋がったことのお話の中に

「この仕事が、本当に僕の魂がすべきことなら

それは必ず、相手の魂に伝わるから。

魂へと伝わったなら、その人は必ず次の魂を連れてきてくれるから」

という言葉がある。それが僕の中にずっと響き続けているのだけれど。





つまりは、そういうことなんだと思う。
僕が僕自身を振り返っても、本当に感動したものは誰かに伝えずにはいられないし、言われなくても応援してるし、その逆に良さだけ訴えてくる実態はスッカスカな人間の仕事を、目先の利益があろうが絶対に僕は出来ない。

うん、そういうことなんだ。




僕のワークは全部が独学だ。

書も、真笛も、ジャンベも、ぜーんぶが独学。
理由は簡単だ。大きな感動体験があって「俺もそれやりてーー!」ってなって、誰かに学んでとか、環境がどうとか、そういうのじゃなくまず「やりてーー!!」の部分を満たすから、習う前にやるのだ。

で、やりたいようにやっているうちに、自分の形が出来てしまって改めて習う段階でもなくなっていくのだ。
でも僕は、そんな自分が生み出すものが、最近は特に好きだ。



で、そんな独学ばっかり行き当たりばったりな僕の仕事に

なんとなく出会ってくれて感動してくれる人がたくさんいるんだ。




ちゃんと学んで、講習受けて、研修受けてってやってるやりたくない仕事の方が、費やしている時間は圧倒的に多いのに
好きなように学んで、好きなように遊びながら生み出した仕事の方が、たくさんの感動体験に出会うのだ。


履歴書出して、面接受けて、会社に所属して、って働いてみると「好きなことを好き勝手にやって稼いでる人間」なんてどこのアマゾンの珍獣だ?くらいの目線で見られるし、めっちゃ柔軟性持った頭の人間でも、一線を引くんだよね。そこに一線を持たないのは「自分から仕事を生み出したことがある人間だけ」っていう僕の感覚は多分間違ってない。

勤めたことしかない人間と
勤めない生き方を知っている人間って

たった一歩の差だけど、めちゃくちゃデカイ、ほんっとーーにデカい壁があるんだよな。




で、3年の立派に勤めてみて思うのは

そんな周りの人間も軽く巻き込んでいくくらいの

感動体験を創れる人間になりたいなってこと。



で、社会全体が、企業人と起業人がごっちゃになって遊んでいくくらいの柔軟性を持った国になっていってほしいよね。
会社は起業人の独創的視点を頼るべきだし、起業人は会社という媒体、ネットワークともっと有意義に繋がると面白いよね。

この辺はぼんやりとなんで、僕もよくわかんないけど。少なくとも自社の動きに対しては、限りなくそう思う。大企業は硬い!




僕もだいぶ頭かたくなったんで、まずは柔軟やねーー。

筆も買えたし、帰って創作じゃ(゚∀゚)





書奏家 志起